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秋田地方裁判所 昭和57年(わ)27号 判決

本籍

秋田県仙北郡田沢湖町生保内字街道ノ上三九番地

住居

右同三七番地の一

会社役員

相馬三郎

大正九年六月一〇日生

本店の所在地

秋田県仙北郡出沢湖町生保内字野中四三番地の五

法人の名称

相馬商事株式会社

代表者の住居

同県同郡同町生保内字街道ノ上三七番地の一

代表者の氏名

相馬三郎

右被告人相馬三郎に対する所得税法違反、法人税法違反、贈賄各被告事件、右被告会社に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官渡邊秀雄出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人相馬三郎を懲役一年一〇月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。

被告人相馬三郎が右の罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人相馬商事株式会社を罰金二、七〇〇万円に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人相馬三郎は、秋田県仙北郡田沢湖町生保内字街道ノ上三九番地に事務所を置き、林業、製材業等を営み、その業務全般を統括していたものであり、なお、昭和五四年五月二四日以降は被告人相馬商事株式会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているもの、被告人相馬商事株式会社は、同県同郡生保内字野中四三番地の五に本店を置き、林業等を営むものであるが、

第一  被告人相馬三郎は、

一  自己の所得税を免れようと企て、売上を除外するなどの行為により所得を秘匿したうえ、

(一) 昭和五三年分の実際所得金額が二億五、〇五一万六、〇八九円(別紙1貸借対照表参照)で、これに対する所得税額は一億七、一四一万〇、四〇〇円であるにもかかわらず、昭和五四年三月一五日、前同県大曲市上栄町九番四号所在大曲税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二、二五〇万円で、これに対する所得税額が八一七万六、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五七年押第一二号の一)を提出し、もって不正の行為により、昭和五三年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一億六、三二三万四、一〇〇円(税額の算定は別紙2脱税額計算書参照)を免れ、

(二) 昭和五四年分の実際所得金額が一億五、〇八四万七、九三七円(別紙3貸借対照表参照)で、これに対する所得税額が九、六五九万二、六〇〇円であるにもかかわらず、昭和五五年三月一五日、前記大曲税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三、一六一万六、一〇〇円で、これに対する所得税額が一、一六五万九、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の二)を提出し、もって不正の行為により、昭和五四年分の正規の所得税額と右申告税額との差額八、四九三万二、七〇〇円(税額の算定は別紙4脱税額計算書参照)を免れ、

二  秋田営林局和田営林署鵜養担当区主任として、同営林署長が行う被害木(生倒木、虫害木、枯立木など)の売払いに関して、同営林署長の命により行う被害木及びその伐採、搬出に伴って生ずる支障木の各収穫調査並びにそれらの伐採、搬出状況の監督などの職務を担当していた伊藤久男に対し、

(一) 昭和五五年七月中旬ころ、秋田市牛島東七丁目一三番二〇号の右伊藤方において、被告人相馬三郎が和田営林署長に対し買受け申込みをした前記鵜養担当区管内の被害木の伐採、搬出につき、好意的な取り計らいを受けたいとの趣旨で、現金二〇万円を供与し、

(二) 昭和五六年一一月四日、前同県河辺郡河辺町岩見字鵜養一五〇番地の一和田営林署鵜養担当区事務所において、同被告人の子供で前記会社の専務である相馬隆を介し、被告人相馬三郎が同年一〇月上旬ころ和田営林署長から買受けた前記鵜養担当区管内の被害木の伐採、搬出につき、好意的な取り計らいを受けたいとの趣旨で、現金三〇万円を供与し、

(三) 昭和五七年一月四日ころ、前記伊藤久男方において、右伊藤の妻伊藤伸子を介し、前記(二)の被害木の代採、搬出につき、好意的な取り計らいを受けたことの謝礼並びに将来も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨で、現金一〇万円を供与し、

(四) 昭和五六年六月二二日、前同県仙北郡角館町小人町八番地の二角館営林署長官舎において、角館営林署長として、同営林署管内の被害木の売払いについてその業者選定の権限を有する等被害木の売払いなどの職務を掌理していた同営林署長岩谷良司に対し、前記相馬商事株式会社の被害木の買受けにつき好意的な取り計らいを受けたいとの趣旨で、現金五〇万円を供与し、もって右岩谷良司の職務に関し賄賂を供与し、

第二  被告人相馬三郎において、前記相馬商事株式会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上を除外するなどの行為により所得を秘匿したうえ、

一  昭和五四年五月二四日から昭和五五年四月三〇日までの事業年度において、右会社の実際所得金額が一億七、四八七万二、八五〇円(別紙5修正損益計算書参照)で、これに対する法人税額が六、八九七万四、八〇〇円であるにもかかわらず、昭和五五年七月三一日、前記大曲税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一、八〇〇万四、〇〇一円で、これに対する法人税額が六二二万七、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の四)を提出し、もって不正の行為により、同事業年度の正規の法人税額と右申告税額との差額六、二七四万七、二〇〇円(税額の計算は別紙6脱税額計算書参照)を免れ、

二  昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日までの事業年度において、前記会社の実際所得金額が一億八、八五三万〇、四八七円(別紙7修正損益計算書参照)で、これに対する法人税額が七、七九一万九、六〇〇円であるにもかかわらず、昭和五六年七月三一日、前記大曲税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一、四五二万六、四〇八円で、これに対する法人税額が四八三万七、九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の三)を提出し、もって不正の行為により、同事業年度の正規の法人税額と右申告税額との差額七、三〇八万一、七〇〇円(脱税額の計算は別紙8脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき、

一  被告人相馬三郎の当公判廷における供述

判示冒頭及び第一の二の(一)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の検察官に対する昭和五七年七月二二日付の供述調書

判示冒頭の事実につき、

一  秋田地方法務局田沢湖出張所登記官作成の登記簿謄本(被告人相馬商事株式会社分)

判示第一の一、第二の事実につき、

一  被告人相馬三郎の大蔵事務官に対する昭和五六年一二月二二日付(検乙26号と表記されているもの)、同月二三日付(検乙27号と表記されているもの)、同月二四日付(検乙29号と表記されているもの)、昭和五七年一月七日付、同月九日付(検乙86号及び89号と各表記されているもの)、同月一四日付(検乙46号、47号と各表記されているもの)、同月二一日付、同月一五日付(検乙51号と表記されているもの)の各質問てん末書及び検察官に対する同年二月一二日付、同月一八日付、同月二三日付の各供述調書

一  証人塚原俊夫の当公判廷における供述

一  千葉秀昭の大蔵事務官に対する昭和五六年九月九日付、同年一二月一八日付の各質問てん末書及び検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の銀行調査書(二冊)、不動産所得調査書、預金等調査書、貸付金調査書、買掛金調査書、たな卸高調査書、借入金調査書、減価償却等調査書、固定資産取得調査書

一  国税査察官作成の調査報告書(「秋田県税の納付状況について」及び「自動車税の納付状況の確認について」と各題するもの)

一  被告人相馬三郎ら作成の上申書(営林署等からの木材の仕入について、木材の公表仕入内訳について、営林署からの木材の仕入について―昭和五六年一一月九日付、同年一二月一一日付―、土場以外にある木材の実際たな卸高について、架空仕入についてと各題するもの)

一  渡辺司郎作成の上申書

判示第一の一の事実につき、

一  被告人相馬三郎の大蔵事務官に対する昭和五六年一二月一七日付、同月一九日付、同月二二日付(検乙25号と表記してあるもの)、同月二三日付(検乙28号と表記してあるもの)、昭和五七年一月九日付(検乙40号と表記してあるもの)、同月一〇日付(検乙41号と表記してあるもの)、同月一四日付(検乙45号、48号及び49号と各表記してあるもの)の各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(相馬三郎分)、経費調査書、個人当時の売上金額調査書、定額郵便貯金調査書、売上金額等調査書、賃挽収入金調査書、仮受金調査書、支払手形(仕入関係)調査書、製品売上調査書、受取手形等調査書、支払手形調査書、田沢湖パラダイス収支計算調査書、未払費用調査書、個人当時の仕入高調査書、前払費用調査書、事業主貸、事業主借調査書、延納利息等調査書

一  大曲税務署長作成の国税の納付状況照会に対する回答(昭和五六年一一月二〇日付)

一  被告人相馬三郎作成の上申書(「個人当時の営林署以外からの木材の仕入について」と題するもの)

判示第一の一の(一)の事実につさ、

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲318号と表記してあるもの)、所得税修正確定申告書謄本(検甲322号と表記してあるもの)、所得税納付領収書謄本(検甲326号と表記してあるもの)、昭和五三年分経費調査書(製作所)

一  押収してある五三年分の所得税の確定申告書一枚(昭和五七年押第一二号の一)

判示第一の一の(二)の事実につき、

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲319号と表記してあるもの)、所得税修正確定申告書謄本(検甲328号と表記してあるもの)、所得税納付領収書謄本(検甲327号と表記してあるもの)、未納事業税額計算書、簿外引継未払費用調査書

一  押収してある五四年分の所得税の確定申告書一枚(昭和五七年押第一二号の二)

判示第一の二の冒頭及び(一)ないし(三)の事実につき、

一  伊藤久男の司法警察員に対する昭和五七年七月一三日付(検甲426号と表記してあるもの)、検察官に対する同年八月二日付の各供述調書(いずれも謄本)

判示第一の二の冒頭の事実につき、

一  佐藤隆悦の司法警察員に対する供述調書(昭和五七年七月一三日付―検甲405号と表記してあるもの―、謄本)

一  検察事務官熊谷清俊作成の報告書

判示第一の二の(一)、(三)の事実につき、

一  伊藤伸子の検察官に対する供述調書(二通、いずれも謄本)

判示第一の二の(一)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の司法警察員に対する昭和五七年七月一九日付、検察官に対する同月二九日付、同年八月三日付の各供述調書

一  伊藤久男の検察官に対する昭和五七年七月二七日付、同月三〇日付の各供述調書(いずれも謄本)

判示第一の二の(二)、(三)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の検察官に対する昭和五七年七月二六日付、同年八月一一日付の各供述調書

一  伊藤久男の検察官に対する昭和五七年八月三日付の供述調書(謄本)

判示第一の二の(二)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の司法警察員に対する昭和五七年七月二〇日付の供述調書

一  相馬隆の検察官に対する供述調書

判示第一の二の(三)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の司法警察員に対する昭和五七年七月二一日付、検察官に対する同月二八日付の各供述調書

一  伊藤久男の司法警察員に対する昭和五七年七月一七日付の供述調書(謄本)

判示第一の二の(四)の事実につき、

一  被告人相馬三郎の検察官に対する昭和五七年七月二七日付、同年八月一〇日付の各供述調書

一  岩谷良司(昭和五七年八月六日付、同月九日付)、岩谷良子(同月五日付)、村上五郎、工藤直友、藤田昭三の検察官に対する各供述調書(いずれも謄本)

一  司法警察員作成の実況見分調書

判示第二の事実につき、

一  被告人相馬三郎の大蔵事務官に対する昭和五六年九月二二日付(検乙10号と表記してあるもの)、同年一一月七日付(検乙16号と表記してあるもの)、昭和五七年一月八日付(検乙82号と表記してあるもの)、同月一四日付(検乙43号、44号と各表記してあるもの)の各質問てん末書

判示第二の一、二の事実につき、

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(相馬商事株式会社分)、交際費等の損金不算入額調査書、収入除外額等調査書、売上除外額等調査書、簿外経費調査書、仕入金額調査書、たな卸除外額調査書、役員未払金調査書、社長勘定調査書

一  被告人相馬三郎ら作成の上申書(「公表帳簿の説明について」及び「車輌について」と各題するもの)

判示第二の一の事実につき、

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲316号と表記してあるもの)、法人税修正確定申告書謄本(検甲320号と表記してあるもの)、法人税納付領収書謄本(検甲324号と表記してあるもの)

一  押収してある法人税確定申告書一冊(昭和五四年五月二四日から同五五年四月三〇日分までの事業年度分、昭和五七年押第一二号の四)、売買契約書一覧表一綴(一枚綴りのもの、同号の六)、契約書綴一綴(五五五枚綴りのもの、同号の一〇)

判示第二の二の事実につき、

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲317号と表記してあるもの)、法人税修正確定申告書(検甲321号と表記してあるもの)、未納事業税額計算書、法人税納付領収書謄本(検甲325号と表記してあるもの)

一  押収してある法人税確定申告書一冊(昭和五五年五月一日から同五六年四月三〇日分までの事業年度分、昭和五七年押第一二号の三)、売買契約書綴一綴(同号の五)、売買契約書一覧表一綴(五枚綴りのもの、同号の七)、土場山元在庫綴一綴(三六枚綴りのもの、同号の九)

(判示税法違反事件における被告人らの所得金額の確定について)

一  弁護人は、検察官主張の被告人両名に対する所得金額を争い、その計算は、以下に述べるように誤りであり、したがって、脱税額も少額になる旨主張する。

(一)  検察官は本件におけるたな卸資産の評価方法につき最終仕入原価法を採用し、被告人両名に対する所得の計算方法は右方法に拠ったと主張するが、検察官の計算方法は法の要求するいわゆる種類等の要件を充たしておらず、また、仕入価格自体をたな卸資産価額としているため、被告人両名は仕入後における木材価額の下落によって当然得られるべき税法上の保護を奪われた結果となっている。

(二)  弁護人の最終仕入原価法による計算によれば、例えば、被告人相馬商事株式会社の昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日までの事業年度における各営林署からの立木の買受分についての昭和五六年四月三〇日時点でのたな卸資産の評価額(判示第二の二の事実関係)に限ってみても、右評価額は別紙弁護人主張の計算方法記載のとおりとなり、いずれにしても、検察官主張の五億三、二八八万〇、四六〇円に比し、大幅に減額されたものとなるのであって、右の理は被告人両名の他の年度分における所得金額についてもあてはまるものである。

なお、弁護人の右計算は立木の種類、すなわち、樹種に力点を置く方法であるところ、立木の品質の相違を考慮しているかなどの問題点があることは否定しえないが、検察官主張の計算方法に対比すると、より法の解釈に添ったものである。

(三)  また、検察官は、弁護人主張の前記計算方法はいわゆる継続性の原則に反すると主張するが、所得税法施行令一〇一条や法人税法施行令三〇条に規定するたな卸資産の評価方法の変更手続は、納税者が既にたな卸資産の九種類の評価方法のうちのいずれか一つを選択済みで、その後に他の評価方法に変更する場合に関するものであって、被告人両名の如く、最終仕入原価法を選択したうえで、単に所得の計算方法を変えるにすぎない場合には適用はないものである。

さらに、検察官が主張するところの企業会計原則も税法についてはそのまま妥当するものではない。

大略以上のように主張し、本件での検察官主張の最終仕入原価法によるたな卸資産の評価方法が法の趣旨に適ったものではない旨主張する。

二(一)  たな卸資産の評価方法には大別して原価法と低価法があり、原価法はさらに八種類の方法に分かれ、その一つに最終仕入原価法があるところ(所得税法施行令九九条、法人税法施行令二八条)、前掲証拠によれば、被告人相馬商事株式会社は昭和五四年六月二二日付けで大曲税務署長に対し、たな卸資産の評価方法については最終仕入原価法による旨の届出をなし、その後評価方法変更の手続をとっていないこと、被告人相馬三郎の個人時代のたな卸資産の評価方法も最終仕入原価法によっているとみられることが認められ、また、検察官が被告人両名のたな卸資産の評価方法につき最終仕入原価法によっていることはその主張から明らかである。

したがって、本件脱税事件における被告人両名の各期末のたな卸資産の評価は最終仕入原価法によるべきこととなるところ、最終仕入原価法とは、期末たな卸資産をその種類、品質及び型(以下種類等という)の異なる毎に区別し、その種類等の同じものについて、当該所得ないし事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得価額とする方法をいうものであり、したがって、立木の場合も法の要求するところに従えば、期末在庫分を種類(樹種)、品質及び型(立木の場合は強いていえば、幹の大きさ、すなわち径級がこれに当てはまるかと思われる)の同じものについて区分し、その区分毎に期末時から最も近い時において取得した立木一立方メートル当たりの取得価額を算出して評価すべきことになるところ、検察官の評価方法は最終仕入原価法によったとしつつ、立木の一取引毎の仕入価額(売買金額)をもって当該契約の対象となった立木の最終仕入価額とみ、一取引における立木中の樹種や品質などの違いを取り上げず、右金額に期末時における在庫割合を乗ずる方法で評価し、立木に関する所得金額の確定を行っているものである。

したがって、検察官の評価方法は一見最終仕入原価法において法の求める要件を完全には充たしていないかのように思えなくもない。

(二)  しかしながら、そもそも立木は伐採されずに立木のままである限りにおいては通常の商品のたな卸資産に比べると固定資産的な性格を強く有するものであることは否定しえないうえ(証人塚原俊夫の当公判廷における供述参照、付言するに、固定資産であれば取得時の価格で評価されることになる)、山林の実際取引の典型的なものはいわゆる立木契約で、右契約は林班指定の方法によって立木の範囲を定め、立木のまま売買し、伐採は買主側が行い―したがって、売買価格は立木価格によることになる―、林班内の見積石数と実際の石数が違っていた場合にも清算しない型態であるとされるところ(判例研究日本税法体系2五一頁参照)、前掲証拠によれば、本件における被告人両名の取引中の大部分を占める各営林署からの立木の買受契約についても右にみた典型的な取引であることが認められる。

そして、前掲証拠及び秋田、青森両営林局長の当裁判所の照会に対する回答書によれば、営林署の取引の売買代金額も、個々の樹木毎にそれぞれを独立して取引の対象とし、その個々の価額を決定し、その合計額をもって全体の額が決定されるというのではなく、取引の対象となった立木のうち、せいぜい樹種、樹種別の本数、材積、樹木の径級までは判明するが、樹種毎の価額までは算出されておらず、単に売買の対象となった立木を一つのものとみて、一括的に全体としての売買代金額が決定される仕組みになっていることが認められ、結局、立木を構成する個々の樹木に重きを置き、樹木毎に取引を行うというのではなく、いわば、取引の対象となる一集団の立木全体を取引の一単位としてとらえて取引がなされているといえるものである。

さらに、前記回答書によれば、営林署では予め、同一樹種であっても立木が所在する地域差による級地区分や樹木の幹の大きさによる径級区分、当該樹木が正常木であるか非正常木であるか(例えば根曲り立木)などの立木販売基準価格を構成する要素の違いによって価格に段階を設け、実際の取引の際には売買の対象となる立木を一単位とみて右の条件を適用して一律的に取引価額を定めていることが認められ、右の条件、すなわち、売買価格を構成する要素の違いによって価額にも大きな差が出ていることが理解できるものである。

また、前掲証拠や前記回答書によれば、営林署からの買受価格については立木基準価格から伐採搬出費用などを控除して売買予定価格が定められているが、右伐採搬出費用額なども、立木という一集団を構成する個々の樹木の生育場所などに着目して、まず個々の樹木の伐採搬出に要する費用を算出し、最終的にその合計をもって定めるというのではなく、立木の各取引契約毎に、一単位とみた一集団の立木の伐採搬出費用を全体としてとらえ、売払予定価格に対する一定割合の金額を算出してその額を決定し(したがって、樹種別による区分も行われていない)、かつ取引契約が異なれば一単位とみた立木そのものの所在地域などに違いがあるところから、各取引契約毎に異なった金額が定められており、取引契約自体が異なると、当然伐採搬出費用等も異なることになっていることが理解される。

このように、被告人両名の立木取引の大部分を占める営林署からの取引についてみれば、立木を構成する個々の樹木そのものの価値に着目するというのではなく、一集団としての立木を一単位とみて、その一単位毎に、予め定められている売買価格を構成する諸要素の違いによって売買価格が定められており、その結果、取引が異なると、一単位としての立木の価値自体が異なるとともに、たとえ同一樹種であっても所在地域などの売買価格を構成する諸要素に違いが生ずるので、売買価格が異なることになり、終局的には売買の対象物としては別個、別種類のものとして取り扱われているものと評価するのが相当である。

右の結果、経済的にみた場合には、同一立木の取引というものは当該取引分一回しかありえなかったといわざるをえず、そのうえで、一取引内においては、取引の対象となった立木は、―現実にはそれを構成する樹種や品質などの違いがあっても―、取引のうえでは全て同種、同質、同型のものといわば擬制した形でとらえることになる。

右のことは、前記塚原俊夫の証言などからみて、営林署以外からの立木の取引についても妥当するものと思われる。

(三)  以上に加えて、前掲証拠によって認められるところの被告人両名においては、買受けた立木のうちのどの立木のいかなる樹木を各期末時までにどれだけ伐採したか、したがって、各期末時のたな卸資産としての立木の在庫量はいくらであるかという各期末時における実地たな卸を現実には行っておらず、いわんや在庫分の立木を種類等の同じものについてその価格の評価を行うなどの作業を行ったことはないうえ、税務当局も、被告人両名に対する本件税務調査において実地たな卸を行うことができなかったという事情を併せ考えると、本件においては、検察官主張のように、各取引(仕入)毎にその対象となっている立木全体を同一種類等のものとみ、契約が異なると種類等は同一ではないとみて、各取引(仕入)毎の価格をそれぞれ最終仕入原価として、右価格に前掲証拠によって認められる各期末に存在する在庫率を乗じて立木のたな卸価額とすることは、法の要求するところのものを一〇〇パーセント実現したものとまではいえないにしても、やむをえないものといわざるをえず、したがって、検察官主張の最終仕入原価法での計算は法の規定する要件を充たした合理性を有するものと解するのが相当である。

(四)  弁護人は被告人相馬商事株式会社の昭和五六年度分の所得額につき、その主張による計算方法に基づいた額を算出し、被告人両名の他年度分の所得額についても同様の計算方法によって算出すべきである旨主張するが、右計算方法自体、弁護人自認のとおり樹種に力点を置くものであり、前記回答書の樹種区分に従い、同一樹種毎に、各期末に最も近い時期の仕入単価をもって在庫量の評価を行っているものである。

しかしながら、既述のように、営林署からの立木の買受契約は、契約毎に売買価格を構成する諸要素に違いがあるので、たとえ同一樹種であっても契約が異なると経済的観点からは同一種類のものとは把握し難く、異なる種類のものと把握せざるをえず、結局、同一種類の樹木の取引は当該取引でしか行われていないといえるので、単に樹種が同一であるとの理由のみで各期末に最も近い時期の仕入単価を基にして評価を行うことは前記検察官主張の計算方法以上に合理性を有するとは論じ難い。

また、弁護人の計算方法では、同一樹種であっても生育場所や樹齢等から生ずる樹木の品質の違いや取引(仕入)毎に取引価格に影響を及ぼす伐採搬出費用等の諸条件を全く無視したものとなっており、この点からもにわかに与することはできない。

(五)  なお、被告人両名が検察官主張の評価方法と同様のたな卸資産の評価を行っていたことは、単に評価のための資料が不足していたというだけではなく、立木取引の実態を十分承知していたからであるとみられ(被告人相馬三郎や千葉秀昭の捜査段階での供述調書参照)、右評価方法の合理性を認めていたものと思料される。

三  以上のように、検察官主張の計算方法は完全なものとはいえないにしても―根本的には、そもそも立木については最終仕入原価法の規定自体が不備ではないかとの疑問がある―、本件における被告人両名の所得金額の確定の方法としては合理性を有するものと評価しうるので、当裁判所も検察官主張の右方法を採用し、被告人両名の所得金額を確定し、これに基づき、脱税額を算定したものである。

なお、判示第一の(二)の被告人相馬三郎の昭和五四年分の所得金額は前掲証拠によれば、検察官主張の一億五、〇八四万七、九三六円ではなく、一憶五、〇八四万七、九三七円であることが認められるので(検察官は計算違いをしたものと思われる)、当裁判所は後者の金額で認定したが、右の誤りは所得税額及び脱税額には何ら影響を及ぼさないので、前判示のとおり認定した。

(法令の適用)

被告人相馬三郎につき

一  判示第一の一の各所為

いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用

一  判示第一の二の各所為

いずれも刑法一九八条(各所定刑中いずれも懲役刑を選択)

一  判示第二の一の所為

行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては右改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定の懲役刑と罰金刑を併科し、かつ情状により法人税法一五九条二項を適用

一  判示第二の二の所為

法人税法一五九条一項に該当し、かつ情状により同条二項を適用

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑については同法四七条本文、一〇条(判示第二の二の罪の刑に加重)、罰金刑については同法四八条二項

一  労役場留置

同法一八条

被告人相馬商事株式会社につき

一  判示第二の一の所為

前記法律による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当し、かつ情状により法人税法一五九条二項を適用

一  判示第二の二の所為

法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当し、かつ情状により同条二項を適用

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、四八条二項

(被告人相馬三郎の量刑の事情)

一  被告人相馬三郎の脱税事件は、判示のように、林業等を営む同被告人がまず昭和五三年、同五四年の両年において合計約二億四、八〇〇万円にも及ぶ所得税を免れるとともに、自らが設立し、代表取締役としてその業務全般を統括していた被告会社の昭和五四年五月二四日から同五六年四月三〇日までの二事業年度分の法人税合計一億三、六〇〇万円余りを免れたという内容のものであり、個人と会社という業務主体の違いはあっても同被告人による一貫した脱税意図のもとに行われた、いわば一連の継続的になされた犯行であるうえ、(付言するに、被告人自身は判示事実以前の年度においても本件と同様に、同様の方法で脱税していた旨供述している)、脱税額は合計すると三億八、四〇〇万余りにもなる莫大なものであり、ほ脱率も年度順にみて、おおよそ九五パーセント、八八パーセント、九一パーセント、九四パーセント、平均にして約九二パーセントという高率なものであり、一方所得額の申告率は年度順におおよそ九パーセント、二一パーセント、一〇パーセント、八パーセント、平均にして約一二パーセントという低いものであって、所得の申告額も何ら根拠のないまま、特別の年を除き、前年度分に若干の上ずみをして決定されていたものである。

また、脱税の方法も個人事業時代は売上先と通謀して売上を除外したり、架空の仕入の計上を行うことによっていわゆるつまみ申告をしていたものであり、被告会社設立後は売上除外、たな卸資産の除外、架空仕入を計上するなどの不正手段による悪質なもので、秘匿した所得で裏金をつくり、仮名の普通預金や定期預金、無記名の定期預金として保管し、貸付金や不動産の購入資金に充てるなどしていたものである。

犯行の動機について、被告人は子供のころから経済的に苦労して育ったので、金持になりたいと思っていたことや他人から頼まれて金員を貸したり、不動産を買い取ったりする際の裏資金や林業関係の労働災害が発生した場合の賠償資金が必要であったからと供述しているが、脱税額やほ脱率などを考えると、格別斟酌すべきものとまでは思料し難い。

以上、要するに、本件脱税事件は被告人の納税に対する消極的姿勢、納税意識の弱さが根本的かつ最大の理由として発生したものとみうるものである。

二  判示の贈賄事件は、いずれも被告人が自己の営む林業の関係で、営林署関係者から有利な取扱いを受けたいとの思惑から、自ら積極的に現金の供与を思いつき、営林署長あるいは担当区主任という比較的営林署の要職にあった者に対し一年半近くの間に四回にわたり合計一一〇万円という決して小額とはいえない現金を贈賄したというものであり、その犯行態様には収賄者に強く拒絶されたにもかかわらず、いわば押しつける形で供与したという執拗なものもあって、被告人の贈賄意思の強さが窺い知れるものである。

また、被告人は判示脱税事件で国税当局の調査を受けている最中に、判示伊藤に対する二回の現金の供与を行っており、右の点からみても、被告人の規範意識は甚だしく低下していたと推認せざるをえない。

もとより、営林署の比較的要職にあった者が最終的には被告人からの賄賂を収受した責任は大なるものがあり、また営林署側に対比すると、業者である被告人の立場に弱い面のあることも否定しえないところではあるが、被告人が積極的に思いつき、実行に及んだという事案の内容を考えると、被告人の責任は決して軽視できないものである。

三  一方、被告人は脱税事件については修正申告を行い、一切の延滞税、重加算税等を納入するとともに法律扶助協会等へ寄附をするなどし、本件についての反省の念を表わしている。

また、本件により営林署からの立木取引も減少し、青色申告の承認も取消され(被告会社も含めて)、右納税の事実を併せるとそれなりの社会的制裁を受けているとみることもできる。

さらに、被告人には同種前科はなく、被告会社をはじめとする被告人の関係する事業は全て被告人が中心となって活動し、事業面で被告人の占める割合が極めて大であり、したがって、被告人が本件により実刑に処せられた場合に与える関係者への影響の重大性や立木の値下りが顕著であるなどの事情も存在するが、これらの被告人にいわば有利と思われる一切の事情を最大限斟酌しても、前記一、二の諸事情に照らすと、被告人相馬三郎に対しては懲役刑も含めて、主文掲記の実刑を科するのはやむをえないものと考える。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田和博)

別紙(一)

貸借対照表

昭和53年12月31日現在

〈省略〉

〈省略〉

別紙2

〈省略〉

貸借対照表

昭和54年12月31日現在

〈省略〉

〈省略〉

貸借対照表

昭和54年12月31日現在

〈省略〉

〈省略〉

別紙4

〈省略〉

別紙(五)

修正損益計算書

自 昭和54年5月24日

至 昭和55年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

別紙6

〈省略〉

別紙(七)

修正損益計算書

自 昭和55年5月1日

至 昭和56年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙8

〈省略〉

一、営林署は樹種別の売買価格を算出してはいないが、立木販売予定価格を決定する際の右販売予定価格評定公式を構成する各因子は施設費総額(C)以外は樹種別に固定されているので、施設費総額を樹種別に按分することによって樹種別の販売予定価格が算出でき、これに販売予定価格と倍買価格との比率を乗ずることにより、樹種別の売買価格の算出が可能となる。

二、施設費の総額を樹種別に按分する方法として、(イ)施設費を計算に入れない樹種別の価格に按分する価格按分方式、(ロ)立木材積に按分する立木材積按分方式、(ハ)立木材積に利用率を乗じた素材の材積に按分する素材材積按分方式及び(二)立木本数に按分する立木本数按分方式の四方式が考えられ、各場合の算出式は左のとおりとなる。

x………施設費を計算に入れない立木単価

v………立木材積

X………販売予定価格

C………施設費総額

(イ) 価格按分方式

〈省略〉

(ロ) 立木材積按分方式

〈省略〉

(ハ) 素材材積按分方式

〈省略〉

(ニ) 立木本数按分方式

〈省略〉

四、右四方式により算出した被告人相馬商事株式会社の昭和五六年四月三〇日現在の各方式毎のたな卸資産評価額は次のとおりとなり、検察官主張の五億三、二八八万〇、四六〇円に比較し、大幅に減額する。

(イ) 価格按分方式 三億一、四一四万七、八三五円

五億三、二八八万〇、四六〇円に比し、二億一、八七三万二、六二五円(比率四一パーセント)減額。

(ロ) 立木材積按分方式 二億九、二六九万一、七〇二円

五億三、二八八万〇、四六〇円に比し、二億四、〇一八万八、七五八円(比率四五・一パーセント)減額。

(ハ) 素材材積按分方式 二億九、三四五万一、八四二円

五億三、二八八万〇、四六〇円に比し、二億三、九四二万八、六一八円(比率四四・九パーセント)減額。

(ニ) 立木本数按分方式 二億九、四八四万六、九六四円

五億三、二八八万〇、四六〇円に比し、二億三、八〇三万三、四九六円(比率四四・七パーセント)減額。

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